鳩土鍋学校

このブログって今何人くらいに見られてるんだろう……?

偶にTwitterの方で「原稿落とした!」と呟いている僕ですががそろそろ「あいつ本当に原稿とか書いてるのかよよくある口だけワナビじゃねえの?」とか思われていそうなので、ここらで一つ文章でも載っけてみようかと思います。
というのは今でっちあげた理由です。二割くらいの奴。
本当のところは、サークルのイベントで書いてみたはいいけどなんだか陽の目を浴びずに埋もれていってしまいそうで勿体なかったのでここらでいっちょ僕の実力って奴を見せつけておくか、という自分の実力を微塵も疑っていない天狗の軽率な振る舞いかもしれない。
でも実はそれは嘘で。
単に出来が良いから暇だったら読んで感想くれないかな(チラッ)、というよくある構ってちゃんかもしれません。
正解は一つ、じゃない!

本作品はいわゆる三題噺という奴で、今年の夏前後に「鳩・土鍋・学校」という三つのお題を使って書いたものです。
短いよ!



  ポッポ鍋

 初めにひとつだけ、質問することをお赦しください。あなたはまだ、人間ですか?
 困惑なさるのも無理はありません。こうして文をしたためている私ですら、未だ何かの冗談ではないのかと、関係者がいれば問いつめたいくらいなのですから。しかし残念ながら悪い夢だと頬をつねってみても、一度眠って目を覚ましてみても、私を取り巻くこの状況がまごうことなき現実であるのだと再認識させられるばかりでした。
 頼るべき人は、皆いなくなってしまいました。最早私に出来ることと言えば、こうして届くかどうかもわからない手紙を書き記し、助けを請うと共に、我が学舎で起こった奇妙奇天烈な出来事を世に知らしめ警戒を促すことくらいしかありません。あるいはもう、遅すぎたのでしょうか?
 あなたはまだ、人間ですか?

 事の始まりは昨日のお昼時、と言っても私にとっての昨日とあなたのそれが一致しているとは限りませんから、より正確を期すなら五月十四日の金曜日と言った方が良いかもしれません。ともあれその日、空腹を持て余す私を含めた多くの学生の前に彼らは現れたのでした。お世辞にも綺麗とは言えない芝生の真ん中に机を並べ、いくつもの土鍋をことことと鳴らし何かを煮込んでいた彼らは、ポッポ鍋だよ、と叫んでいました。背後の木には「ポッポ屋」とそれぞれ四色の筆で書かれた看板が立てかけてありました。興味を持った学友が吸い込まれるように彼らの元へ歩み寄り、お椀を片手に帰ってきて、どうやらそのポッポ鍋というのは無料らしいということを私は知りました。辺りを見渡せば、誰も彼もがお椀片手にうまいうまいと口にしています。当然私もポッポ鍋を受け取るべく、形成され始めていた列に加わりました。
 お恥ずかしい話なのですが、私は味云々よりも無償であるというその一点に強く引かれました。タダより安いものはない。貧乏学生の真理を的確に射ぬいた、それはポッポ屋の知略と言っても良かったかもしれません。
 まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでポッポ鍋ははけて行きました。ポッポ、というからにはやはり鳩の肉なのでしょう。今まで口にしたことのない、なんとも不思議な味がしました。
 全ての鍋が空になったのは午後の授業がちょうど始まった頃でした。ポッポ屋の面々は四方に顔を向けて、お粗末様でしたと一礼しました。彼らに向けて喝采が送られました。私も加勢しました。なんと呑気なものだったのだと、今では後悔して止みません。
 タダより高いものはないと、思い知らされることになったのはそれから凡そ三時間後のことでした。
 私の視界を圧迫する男性の背中を右に左にかいくぐり、ほとんど経文じみた文章をノートに書き写しながら選んだ席に後悔しつつ面をあげると、突如として視界が開けました。目の前の人が席を立つのに気づかないほど集中していたとは到底言えなかった私は思わず教室内を見渡して、同様に戸惑っている様子の何人かと目が合いました。綺麗に埋まっていた筈の席が随分と穴だらけになっていました。ざわめき始めた生徒に業を煮やしたのか、板書の手を止め振り返った先生も言葉を詰まらせたようでした。
 くつくつと舌を回したような声をあげて私のノートの上に一羽の鳩が飛び乗り、別の一羽が教室の端から端までを横断しました。窓も扉も閉まったままでした。その時の狂乱たるやおよそ筆舌に尽くしがたく、詳細に書き記すことは私にはできません。情けない声をあげて真っ先に教室から飛び出した私は、広がる光景に対し豆鉄砲を食らったような表情を浮かべたに違いありません。
 どこもかしこも鳩だらけでした。建物の淵や木の枝ばかりでなく、芝生やコンクリートの上でも大量の鳩が闊歩しており、その足元には衣服が脱ぎ捨てられたまま放置されていました。
 止まり木を求めた鳩に集られている学友の姿を私は認め、声を大にしてその名を呼びました。向こうも私の名前を叫び、瞬きした次の瞬間にその姿が掻き消えました。いえ、正確に言えば未だそこにいたのでしょうが、もはや私には区別がつかなくなっていました。どれもこれもが似たような鳴き声をあげていました。狂っ呆と泣きたいのは私のほうでした。
 覚束ない足取りで校門まで向かった私を、閉まった門の前で立ち往生している生徒たちが出迎えました。閉められている! 最前列にいた何人かが門をゆすり、よじ登ろうとして転落しました。足が思うように動かない。そう言った男性は靴を脱いで、その異常な姿を衆目に晒しました。指は三本までに減り、随分と頼りなくなっていました。もちろん私は往時の彼の足など知りようもないのですが、それは人の足と言うにはあまりに細く頼りないものでした。
 おそらくは私を含めた誰もが、このときになってようやく悟らされたに違いありません。私は自分の足に目をやって、それが彼の人のように様変わりしていることに気がつきました。門扉にとまった一羽の鳩が糞をひり出し、まるであざ笑うかのように下界へと飛び立って行きました。
 私たちは人の姿を留めている方々に声をかけ、手近な教室に集まりました。それで事態が好転するわけでもないのですが、恐怖を連帯する場というのはどうしても必要だったのです。しかし収穫がなかったわけでもありません。学友と私だけでなく、こうして集った面々を見てみると、どうやらその進行には個人差があるようでした。また、人々が姿を変え始めたのはほぼ同一時刻のようです。
 ポッポ鍋だ。と誰かがつぶやきました。怒りのやり場を見つけた人々は次々に賛同し、怪しいと思ってただの、だから俺は言ったんだだの、ポッポ屋に対してなのか傍にいる誰かに充てたものなのかもわからない罵声が飛び交い始めました。人の姿を変える鍋だなんて平時の私なら一笑に付しているところですが、しかし他に思い当たる節もありません。ですが解せないのは、何故その効果が学内全域に広がっているのか、ということでした。人目についたとはいえ、当然ポッポ鍋に口をつけなかった方も、むしろそちらの方が多そうなものです。
 俺は見た。と私の隣にいた方が言いました。糞をかけられると鳩になるんだ。私は学友の姿を思い浮かべ、彼女に汚物をぶちまけた鳩を特定し胸倉を掴んで殴りかかりたい衝動にかられましたが、残念ながら彼らは立派な胸を持ってはいても襟は持ち合わせていませんでした。
 なんとか糞をやりすごし、救援を待つしかないということで意見は一致しました。学食や購買部から物資を確保する為の十人程の部隊が組まれ、頭巾代わりに服を何枚も頭の上に被った彼らは恐る恐る教室から出て行きました。
 教室の端に蹲っていた女性が嗚咽を上げ、彼氏と思しき男が慰めていました。大丈夫、すぐに助けが来るよ。すぐって後どれくらいなの? 彼女の進行は既に肩まで上って来ていました。教室に戻ってきた部隊は三人ほど数を減らしていました。
 篭城が始まりました。定期的に悲嘆にくれることがあるくらいで、誰も彼も静かなものでした。映画や小説に倣えば何かしらの暴力行為があってもおかしくない状況でしたが、幸か不幸かどんなに遅くとも進行は腰まで達しており、立ち上がるのすら億劫で、誰もそんな気力が湧かなくなっているようでした。
やがて夜を迎え日付が変わる頃になっても、眠りにつく人は一人としていませんでした。当然のことでした。眠っている間に糞をかけられたら溜まったものではありません。お互いがお互いを監視していました。特に先ごろ嗚咽をあげていた女性に対しては、皆一層強く警戒していました。身体が徐々に縮んでいく様を見るのはあまり気持ちの良いものではありません。彼氏はついに声をかけなくなりました。カーテンが朝日に照らされて白んできて、私がはしたなくも大きなあくびをした後、彼女は正真正銘の鳩に姿を変えていました。彼氏が着ていたパーカーを片手に跳びかかり、暴れ回る鳩をそのまま窓の外へと放しました。彼氏は泣いていました。
 限界でした。私はまだかろうじて立ち上がることのできた足で教室を抜け出し、階上の無人教室へと向かいました。カーテンを毟り取り、二重三重にして床に敷き寝転がりました。これで気づかぬ内に鳩になって人様に迷惑をかけることも、涙ながらに放り出されることもないでしょう。

 眠りから覚めると、進行は胸まで上ってきていました。随分と立派になった胸に複雑な思いを抱きながら、私は窓から外の様子を伺ってみました。依然として鳩は学内を埋め尽くしており、救援の気配など微塵も感じられません。こうなると、この現象は学内だけに留まらないと考えた方が良いのかもしれません。ああ、空を飛ぶことができたなら! 自分の言葉がおかしくて一人げらげらと笑いました。
 机の上には誰かの授業道具一式が捨て置かれていました。ペンとルーズリーフを拝借して、私はここまでの顛末を書き記すことにしました。黙って鳩になっていく自分を眺めているよりは、いくらか気も紛れるだろうと思ったのでした。

 そうして再び、陽が暮れようとしています。階下の教室はどうなったのでしょうか? もはや確認に行くことすら出来ません。行きたいとも思いませんでした。

 窓は開けておくことにします。鳩になってからも教室の中に閉じ込められるなど御免です。

 鳩になった私は、私なのでしょうか? それとも私ではなくなるのでしょうか? 今となってみれば、学友の様に一瞬で鳩にされた方がまだ幸せだったのかもしれません。

 嫌だな。鳩になんてなりたくないよ。

 指が開かなくなってきました。

 たすけて。


 、ー・〜 あ ア

 口で カイ てル

 アしニ マイ、て オ コう


(了)